あの七夕のころ、私は生涯で一番幸せなときでございました。
あのころ大海人皇子さまには、大王の皇女お二方もおそばにおいでになられました。
そして、額田王さまは、すでに大王に召されておいでゝした。釆女の私にも人の噂話で、もれきこえてまいります。
琵琶の湖は星の光を映して明るく輝き、岸辺の萩の花叢によせる小波も白く光って見えるほどでございました。
次の年の春深い薬草の苑で
「茜さす 紫野ゆき 標野ゆき
野守はみずや 君がそでふる」 との 額田さまのお歌に、
「紫の におえる妹を にくくあらば
人妻ゆえに 我恋めやも」。